2012年02月05日
日本舞踊の初舞い
友人の1年に一度ある 初舞いに行ってきました
かなり空調が寒かったので 集中してみることができませんでしたが どの方も上手に踊られていました 小さいお子さんが 着物を着て とても可愛かったです
そして、 私たちが話していたら 突然 話しかけられて 80歳になるのだけど これから踊りを習うことは可能ですか?
といわれ 私たちが思っている(思い込み)の80歳にはとても見えなくて 白髪ですが とても若々しく見えました どう見ても 六十代しかに見えませんよ..とすこし言い過ぎたかな
 それでも ...だからできないとか この年でという制限を持たれてなくて とても素敵でした
 職場の同窓会のような感じでしたが 1年に一度 会ってお話しするのも楽しかったです
 私と同じく リュウマチのお友達がいて 両足を手術していますが 痛いといいながらも お仕事されています
 いつまで続けられるか..いつもそう言っていますが 続けられるまで続けたらいいと思いました
制限を取って おまかせすれば きっと自分の好きなように 進んでいけると思います
 スピ仲間ではないですが 思いやりの深い方たちで 素敵です
 この集まりのときはいつも思うのですが 中国時代の集まりのような気がしました
こうして お茶を飲みながら 話していたんだろうな...
私が 2回目に自分を見つめることになった 親業との出会い
子供たちが 小学生になったころから なんだか 私はアダルトチルドレンという言葉が気になり
図書館で 本をむさぼるように読んでいました
そこで 親業には 子供たちが 3さいころに出会っていたのですが インストラクタ−になるような
学びはせず 心においていました
でもとても惹かれたのです
そのあと 結局 学ぶことになるのですが...
ほんとうの自分を見つめるために長い間 カウンセリングを受けたり セミナ−に参加しました
そのころ習った ラ ポ−ルの方法 オウム返しの練習 役にたっています
そのとき 自分を縛っているものを解放したいと思い始めました
そのあたりから いろいろおきてきました
自分らしくありたいと思い始めたとき まず 服装が変わりました
40代にして カラ−をし ミニスカ ブ-ツで 職場に行き始めました
以前は 髪は ほとんど美容院に行かず 黒髪でロングでした
着ている物も 目だたないように グレ− 黒 紺を基調に 忍者服です とにかく地味でした。
もちろん 自己主張もほとんどしません。いるかいないかわからない存在でした。
そして、いつも下を向いて歩いていました。 いまだにその変化のことを言われます
途中であった方は 私だと気がつきませんでした。
そのくらい 大変身を遂げてしまったのです。 その一部始終を見ていた人たちが 職場の方です
 そのことがあったので 大きな出来事も 受け止めれらたのかも(それでも苦しかった)知れないです
でも もともとの私は 学生のころより とても活発で いつも人と違うことに興味あり 変化を求めていました
これが ほんとうです。 そのころは かなり 軸がずれていましたが...そして、 次は良いお母さんを演じていただけの期間だったようです 良いお母さんの方向性がずれていましたが...子供たちにはげしく、修正されました。シナリオどおりでした。演じさせてもらいました。 人ってこんなに変われるものなのか 不思議です。
過去生 女優なので何でもなりきれます。 実際に演劇部にいました。
 そして 病気になってから 心理学を学ぼうとかじりましたが そのときは ピラティスの方に惹かれて 途中で終わりました
それは それでよかったのかも知れないです
20歳で パニック障害になり それから かたちは変われど 自分を見つめてきました
 神聖なる存在と 自分を見つめることができる今は とても幸せです
明日より 連続セッションです
神聖なる存在とつながり 私は パイプ役 おまかせします 

 
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