2010年02月27日
パニック障害
今日 午後 何気なく用事をしなくては..と思いつつ ダラダラ見ていた テレビで アン.ルイスのことをしていた。
同世代で いつもお洒落で個性的な人 ロックを歌わせたら すごい!というイメ−ジだった。
ところが 今はロスにいて 13年前に 発病。
人前に出るのがすごく苦手になり 日本で芸能活動をすることはないそうだ。
まさか 信じられないという思いとともに あの元気な人でもパニック障害になるのだという変な 連帯感。
 そして パニックの症状とか見ていたら 私自身が 19歳のとき 急に呼吸が止まるかと思って救急車を呼んでもらい それから長いトンネルに入った経験があるので 、わかる。
あのころは パニック障害とは言わなかった。
 病院にいっても 症状がない時は どこも悪くないので余計不安になる。
病名がわからないので 自律神経失調症とつけられたり 不安神経症となったりする。
緊張すると 症状が出る。
 人前に出るのがすごく苦手だ。
クリエイティブスク−ルで ミュ−ジカルを発表して 少し自信がついた。
そこころより 薬を飲まなくなった。
今でも テストとか緊張すると パニックに陥りやすいので 気をつける。
 そこで 啓子先生の人生のしくみの中で 過去生で 死の恐怖を味わった 解放がパニックとなってあらわれる。
 とあり もうそろそろ その思いを閉じ込めておかなくても大丈夫というので おめでたいことととらえてあり 反対に開き直れる。
 私の原因は 戦争で生き埋めにされた恐怖の解放だった。
今は ほとんど出ることはない。名残でまだ 人前では発表など苦手だし HPも 公に公表できない。 そろそろ ここに意識を持っていけたので 近いのかな。

病気で頑張っている方もたくさんいる。
その中でも 余命いくばくか宣告されても 起業した 若い社長のブログを紹介します。
http://ameblo.jp/fujita1/day-20060606.html

今は 残念ながら なくなられたようだ。

銀座ではたらく社長blogの誕生日!

2005年のクリスマス前、私は事業部長を務めていたポータルサイト運営会社事業部を分社化しました。

初月度から黒字も達成し、絶頂だった頃、私は余命宣告を受けました。分社化から1ヵ月のことでした。

出口の見えない絶望が続きました。「いつ死んでしまうかわからない状態では、何をやっても成し遂げられる保証がない。何をやっても意味ないじゃないか。」そういう思いを拭えませんでした。

しかし、数日、絶望を彷徨った後のある日、強いパワーが沸いてきました。その源泉は2つの思いでした。

「今の医療が直せない病気なら、てめえの病気はてめえで治してやろうじゃねーか。」

「例え病気は治せなくて死んでしまったとしても、そのことで意味があるものを残そう。」

私はその2つをかなえるため事業計画を書きました。

テーマは「ネットとメディアの融合」です。実はこのブログもその一環で、日本初の3大ブログポータルの連携企画になっています。(詳細は)


興味ある方は 読んでみてください。

 
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